マクロ経済学における「お金の借り手・使い手」

経済は、個人・企業などの各主体が、自らが最大限に満足できるよう行動して成立すると考えられます。
われわれ各個人・各企業に注目する事を、ミクロ的と表現します。
そして、ミクロ的に関心を抱く経済学の分野を、ミクロ経済学といいます。

国・世界の経済において、ある程度の塊を想定して語る事は避けられません。
ここで用いられる見方が、マクロ的という表現です。
賃金によって生活している全ての人々・税金を納付される全ての組織など、経済を構成する要素をある程度の規模で大別し、国・世界の経済に与えるインパクトに対する関心を差します。
そこに関心を抱くのが、マクロ経済学という分野です。

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企業は、われわれ人間とは異なり、自然に誕生する事はありません。
企業の存在は、その企業に対して資金を提供した人が存在する事を意味します。
つまり、企業は成立の過程で、第三者の資金によって誕生したものと言えます。

一般的に、企業はマクロ的……つまり日本国内の企業合計数から見ると、借金総額が預金総額を上回っています。
この事から、企業という存在を日本全体で見ると、第三者から資金を受け取る・預かる側である事がわかります。

また、政府の運営にも資金を要します。
政府による資金のやりくりを、財政といいます。

警察官・市役所の窓口担当員・道路工事の実行を考えると、政府の業務は決して楽ではないと、容易に想像できます。
本来、政府運営資金は、税金によって確保するのが筋です。
ところが、一般的には筋が通りません。
これは、財政も同様です。

つまり、政府の資金は税金徴収だけでは不足する事が普通です。
そして、不足分の資金は第三者から借りなければいけません。

国境が封鎖されており、他国民から資金が入らなければ、自国民から資金を借りる事になります。
そうでなければ、他国民から資金を借りる可能性も考えられます。

経済学の観点で資金の流れをまとめると、企業の存在の陰には常に第三者の資金が存在しています。
政府の運営も、税金徴収は当然に有する権利だとしても、資金が不足する場合は、第三者から資金を借りる事になります。

要するに、マクロ的の観点から見ると、「資金の融通を受けている人々=企業・政府」です。
それでは、融通される資金の出どころはどこでしょうか?

 

経済全体において、誰が資金を融通・運用するのか

マクロ的で見ると、企業・政府は、第三者による資金提供を受けて運営しています。
世界中には、税金徴収のみで財政を維持する国や、天然資源により多額の収入があり、税金を徴収しない国も存在します。
しかし、それらは例外です。

マクロ的観点では、誰が企業・政府に資金を融通し、運用させているのでしょうか?

経済学において、企業・政府どちらにも属さない人々を、家計と称します。
家計という言葉は、多くの人が日々の生活費を連想するでしょう。
ここで言う家計とは、われわれ個人の総称です。

単純に考えると、家計は収入総額が支出総額を上回るため、手元に資金が残ります。
この資金を、株式購入を通じて企業に融資するなどによって、直接・間接的に企業・政府への資金の貸し手となっているわけです。

先述の説明から、自身が企業・政府に資金を融通する側となっている事に対し、違和感を抱く人もいるでしょう。
違和感の原因は、皆さんと企業・政府の間に介入する人々の存在にあります。

一般的に、金融機関と称される人々は、われわれ個人から自己責任のもと資金を預かります。
そして、預かった資金を、株の購入や融資などを通じて企業に提供したり、融資・債券購入などによって政府に提供しているわけです。

このように、「本来、資金を使わせる人」と「本来、資金を要する人」の間に金融機関が介入します。
そして、社会全体における資金の流れが潤滑化を図ります。
このシステムを、間接金融といいます。

間接金融は、企業・政府が倒産しても、われわれの生活に直接影響する事はありません。
われわれの関心は、われわれ個人と企業・政府の間に介入する金融機関……特に銀行の健全性です。

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